今月の表紙 アニマルシリーズ『ハワイの牛』 Photo:Hiroshi KOIKE
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『音楽の情景または
レコード棚の記憶から』

チャーリー・ミンガスという男



『ハワイシリーズ』
〜 自然編 〜

小池博史ミュージックコレクションの中から選択した曲もしくはアーティストについてのエッセイ。 単なる音楽批評ではなく、情景をも喚起させる、演出家ならではの考察。

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『音楽の情景またはレコード棚の記憶から』 vol.23

チャーリー・ミンガスという男

 ジャズ界のベーシストで、というより、バンドリーダーとして、という意味を兼ねて言うならば、なんてったってチャーリー・ミンガスである。Charlie はCharles の愛称だから、Charles Mingus表記が正しいのだろうが、昔からずっとチャーリー・ミンガスと呼んでいたなあ、と改めて思う。だが、チャーリーとは言わず、僕は常にミンガスと呼んでいたっけ。マイルス・デイビスはマイルスと誰もが呼んで、デイビスとは言わないし、アメリカ人を姓で呼ぶことはあまりないことだが、チャーリーという名前は多すぎて、チャーリー・チャップリンやチャーリー・パーカーのことを私たちはチャーリーとは呼ばないようにミンガスもミンガスと呼んでいただけなのだろう。なぜこんなことを書くかと言えば、あのゴッツイ彼をミンガスとは本来なら呼びにくい、すぐにぶん殴りそうな雰囲気がプンプンしているからなあ。その通りで、音もまったくそんな音だ。知性を感じさせるにもかかわらず、暴力的で、エネルギーに満ちている。

 さて、チャーリー・ミンガスは、ミンガスの前に道はなく、ミンガスの後にも道がない、そんな孤高の存在であり、強烈な音楽家である。良いベーシストはたくさんいるが、ベース奏者でありつつ、良いバンドリーダーはミンガスしかいないと言っても過言ではない。だからこそ、ミンガスバンドを通過していった素晴らしい音楽家も数知れず。そんな事実をまったく知らなかった19歳のとき、はじめてミンガスの「直立猿人」を聴いて以来、ずっと濃密に好きだ。ジャズ音楽と思って聴いたミンガスが、そんなジャズという領域なんて吹っ飛ばし、ジャズであってジャズでない。しかし、ジャッキー・マクリーンやマル・ウォルドロンなどなど、一流のジャズミュージシャンばかりで構成された布陣。これはぶっ飛んで当たり前とも言えた。そもそも自分自身、そんな境界線などぶち破る動きを取りたくて仕方なかったのだから。ミンガスのようにはじめから今に至るまで変わらず好きと言える音楽家はそうそういるものではない。嫌になったり、聴かなくなったりしたこともない。コンスタントにずっと聴いて、その度に感銘を受ける。大好きなマイルスでさえ、ときどき聴かなくなったりするが、ミンガスに対してはそんな失礼は許されないとでも感じているのか、聴き続けていたくなる。しばしばマイルスは繊細さの方が鼻につくが、ミンガスは活力の塊のような感じで、聴けば必ず元気になる。その「直立猿人」は僕の生誕日の5日後に録音されたものだから、もうほとんどオレの人生と一緒と言ってもいい歴史を歩んでいる。だから、ますます親近感が沸く。「ミンガス・プレゼンツ・ミンガス」「メキシコの想い出」「クラウン」「アーアム」「オーヤー」「ブルースアンドルーツ」「黒い聖者と罪深き女」「クンビアアンドジャズヒュージョン」などなど・・・ミンガスのアルバムはほとんど持っている。

 ミンガスの何が良いか?であるが、それはなんと言ってもバンドリーダーとしての音楽創造の凄さである。もちろんベースの魅力は強いが、そのベース音に支えられた音楽全体が実にどっしりとして強い。こういう極太の音楽家など見つけようと思っても見つけられるもんじゃない。彼などはさしずめアート界で言えばピカソだ。ピカソの芸術の何がすごいかって!それはあの極太の感じだろう。繊細さがあるのは当たり前だ。しかし、その繊細さの奥底には極太精神みたいなものが横たわり、それに突き動かされて音が出てくるという感じである。セックスも凄かったらしいから、まさにピカソだ。女好きもピカソに負けまい。

 ミンガスを難解とか言うアホンダラがいるが、まったくピカソと一緒で、そんなヤツは死ぬしかない。世の中、保守的になるとアホーばかりが生まれる。アホーなやつほど自分はアホーじゃない、頭が良いなんぞと勘違いしているからこまったモノなんである。そして全体がアホー化していくと、なかなか精神が解放された素敵なヤツが出てこない。頭で見る、頭で聴く、頭を使っているから、勘違いが起きる。しかし、そいつはアホーだ。頭お化けだ。当然だが、頭というのが知識であるとするならば、こんなつまらないことはない。知識に支配されて知識を変えられず、知識にがんじがらめになって首を絞めているという、なんとも情けない図で悲しくなる。本当にオレの若かりし頃は、ピカソとミンガスとマイルスがいたので良かったなあ、と思えてならない。

 ミンガスを語り出すと、別に音楽を聴かなくても、すぐに身体中に「直立猿人」が流れ、ビンビン震え、ニタニタしだす。直立猿人が立ち上がり、歩行を想起させるミンガスのベース音が躍動する。そこにジャッキー・マクリーンとJRモンテローズの2本のアルトサックスが人声の咆哮のように絡み、マル・ウォルドロンのピアノが絡んで、よろけながら空を仰ぎ見たり、うろうろとさまよいつつも、全体が強く、一歩一歩と前進し続けるさまが頭の中に映像として浮かんでは、こちらも元気になってくる。これは条件反射みたいなもので、ミンガスの極太ベース音は力強い人間の、自然の中の営みを思い起こさせるのだ。ダンダダンダダンダンダ・・・と続く音。同じように「メキシコの想い出」のトラック、「イザベラテーブルダンス」のカスタネットとベース音が頭の中に鳴ったりすると、メキシコの妖艶な女が舞い出すさまが頭をよぎっていく。思えば、ミンガスはメキシコで死んだのだった。「クラウン」のジャケットが思い浮かぶと、すぐさまそこには道化師がいて、道化師たちの欺し合いの図が見える音が流れ出す。これほど映像性のある音楽家はそうそういるもんじゃないんだ。最高の映画作家であったフェリーニの「クラウン」とミンガスの「クラウン」が同一化したりもする。ミンガスがフェリーニに重なり、フェリーニはミンガスに重なり、道化師の宇宙がぼくの頭のなかで勝手に出来上っていく。それはぼくの勝手な想像でしかないが、なんとも幸福な想像である。植草甚一は「ボクたちにはミンガスが必要だ」なんて本を大昔出したけれど、確かに植草ジイサンの見る目は確かで、彼の書いた音楽家たちは素晴らしかった。そのなかでもミンガスには特に思い入れが強かったように感じる。それはたぶん絶妙のバランスで音楽を成り立たせていたからだろうと僕は思うのである。

 作曲家、アレンジャーとしての突出。少人数バンドでありながら、まるでビッグバンドのような音を出した。繊細なアレンジでありつつ、全体に野性味に溢れ、アレンジされつつも、演奏家たちは実に活き活きとした音を発するという稀な時空間がミンガスの周りには醸成された。ミンガスは、繊細でありつつも、活力の源泉であったのだろう。

 今は、ミンガスもマイルスもピカソもフェリーニもいなくなった。巨人はいなくなった、というよりも巨人を拒絶するような社会になっているような気がしないでもない。本来はミンガスのような人物が、こんな社会には必要なんだと思えてならないが、どうにもこうにも縮小した世界は大きく羽ばたかない。
 まずはミンガスを聴いてみよう。ピテカントロプスエレクトス、直立猿人を。猿人が立ち上がるさまを。

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小池博史撮り下ろしフォト作品より。
空間に対する独自の視点と鋭い反射神経で、瞬間を捉える才能を発揮。優れたスナップシューターと評価されている。

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 ハワイシリーズ
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小池博史・監修の星新一ショートショート
レクラム舎公演「若葉の季節の物語」

 レクラム舎、鈴木一功さんより声がかかり、7作品中のひとつ、『手』という作品の監修(振付/演出)しています。公演間近の稽古場にお邪魔してきました。熱のこもった身体での表現に、期待が高まります。
 小池博史が手掛ける星新一の奇妙な世界、この機会にご堪能ください。





【公演期間】2009年4月17日(金)〜29日(水)
【会場】スタジオAR
 詳細はコチラ


市民とつくる演劇!@せんがわ劇場
演劇舞踊ワークショップ 参加者募集中!


Photo:Miwa OHBA

 調布市せんがわ劇場において、市民向けワークショップを開催いたします。
 このワークショップは,演劇未経験の方からプロの方まで,どなたでも幅広く参加できるプログラムです。小池博史よる直接指導で,歌や踊りを盛り込んだ演劇作品をつくりあげ、最終日に小さな公演を行います。 参加者の個性を最大限ひきだすため,ひとりひとりにあった役を考え,オリジナル台本を書きます。小池博史が,あなただけの役を創ってくれる,とても贅沢な企画です。
 もちろん、調布市民以外の方も参加OK! 2週間じっくり取り組める、めったにないこの機会、ぜひご参加下さい。

【 日程】2009年6月20日(土)〜7月5日(日)(全14回)
※期間中,月曜休み
【選考日】5月14日(木)・15日(金)
※両日とも、応募者全員参加
※スケジュール・申込み等、詳細はコチラ

【講師】小池博史(演出家・パパ・タラフマラ主宰)
【募集人数】30名(午後/夜間 2チーム制)
※面接と簡単な実技(ワークショップ形式)で選考をします。ただし,経験は不問です。
【対象】18歳以上の男女(経験不問)
【費用】調布市民(在勤・在学含) 4,000円 / 市外 8,000円
※費用は初日(6月20日),現金にて一括納入していただきます。納入後は,いかなる理由でも返金できませんので,あらかじめご了承下さい 。
【応募締切】5月5日(火)までに必着
【お問い合わせ】調布市せんがわ劇場 TEL:03-3300-0611
【主催】調布市

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パパ・タラフマラ 公式サイト

小池博史 公式サイト
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発行・H island編集 大久保有花