今月の表紙 アニマルシリーズ『インドネシアの牛』 Photo:Hiroshi KOIKE
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『音楽の情景または
レコード棚の記憶から』

マイルス・デイビス その壱



『インドネシアシリーズ』
〜 石像編 〜

小池博史ミュージックコレクションの中から選択した曲もしくはアーティストについてのエッセイ。 単なる音楽批評ではなく、情景をも喚起させる、演出家ならではの考察。

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『音楽の情景またはレコード棚の記憶から』 vol.25

マイルス・デイビス その壱

  ボクがやりたかった楽器は数多い。しかし、どれもこれもまったくモノにならなかった、というよりも、やらなかったからモノになるはずはない。けれど、未だに楽器を演奏することに対して憧れがある。実際にトライした楽器は、幼少の頃のオルガンと中学、高校時代のギターくらいのもので、オルガンは、たぶん相当出来が良い方だった。ギターは面白かったが、ジャズギターを聴くようになって、自分自身の技量のなさに愕然とした。

 そもそもボクは器用貧乏の質で、器用だからすぐにある程度は形になっては、飽きが来た。探求心が薄かったのだろう。なんでもチャチャッとやっては、すぐ飽きる。なにをやってもある程度やっては飽きた。だから、なんにもモノにならなかった。情けないことに、得意なモノは何にもないと言ってもいい。ギターは、その点、何とかしようと思ったが、ロックギターを聴いて、コピーしている分には自分自身にも少しは可能性を感じたけれど、これが、高校に入って、タル・ファローやケニー・バッセル、ウェス・モンゴメリーなどを聴くようになると、もう完全にお手上げ。スンゲエと思って、すぐに諦めた。

 つい先日、「ガリババの不思議な世界」の稽古中に、誰かマーチングドラムを叩ける人、と言ったところ、あらた真生が手をあげた。そこでやらせてみて、驚いた。下手くそなのである。当人は6年間、バンドにいたのだ、と胸を張っている。なにゆえにそんなに下手なの?と問うと、悔しそうに延々と休憩時間も叩いている。翌日になると徹夜でやってきたがどうか?と披露してくれた。と、相変わらずのストレンジリズム。問えば、ピアノ6年、バイオリン10年とやってきたが、先生からは、あなたは耳は良いけど、手先が・・と言われて首になってきたとのこと。この姿を見て、いやあスゴイもんだと感じ入ってしまった。ボクは、このような負けず嫌いの魂みたいなものはあまり持ち合わせていない。そもそも人と同じレベルで競い合いたいとは思っていないところがある。ボクの方が高いとか低いとかではなく、全然、違う視点に立ちたいという気持ちが強い。だから、楽器でも、こんな音が出るのか?こんなオリジナリティを持った音を出せるのか?というような人が好きであった。たとえば、フルートという楽器。正直言って、ボクはこの楽器の音が好きではない。フルートと言われただけで、少しだけ引いてしまうところがある。だが、エリックドルフィーのフルートを聴いたときは、本当にビックリした。フルートであってフルートでない。音自体が妙な存在感をもって、普通のフルートの音ではなかった。生々しいのである。こういう独自性こそが、ボクの求める音であった。

 やりたかった楽器は数多いけれど、特にトランペットとアルトサックスへの憧れが強かった。トランペットはなんと言っても冷たい哀愁のマイルス・デイビス、一度、聴いたら音が耳にこびり付いて離れない。また、すっきりと輝かしく抜けていくクリフォード・ブラウンの音であった。そして音だけで言えば、実に爽快な気分にさせてくれるフレディ・ハバートも好きだった。アルトサックスは、チャーリー・パーカー、エリック・ドルフィー、ジャッキー・マクリーンにいかれ、そしてウェイン・ショーターに憧れた。特にパーカーの淀みなく流れ出るアイデアの豊富さと音の豊かさに愕然とし、ドルフィーのスッキリとしつつも、奇妙さをもった音にどっぷりと浸かっていた。
 
 さて、ここからマイルスの話をはじめよう。とは言え、絶対に長くなる。数回シリーズで、ということで、まずは最初から。

 最初にマイルスを聴いたのは、忘れもしない中学三年の時、友人の家に遊びに行ったとき、兄貴のだけど、こんなのは興味ある?と聞かれて聴いた「Kind of Blue」。その一曲目、「So What」。「So What」日本語に訳せば「だからなんだ」。この曲が流れ出た途端に、オレのマイルスの歴史が始まったのである。このときは、まさに青天の霹靂と言ってもいいような気分になり、全身に電流が走って、あまりの衝撃的新発見に身体中が震えて、止まらず、呆然とした。これは何だ!こんな音が世の中にあったのか!格好良く、冷たく、そしてホットに、うねっていた。一枚のアルバムを聴き通したあとは、もう茫然自失。雲に乗っているような感触だった。マイルスマイルスマイルスマイルス、マイルスという言葉を呪文のように唱えては、ウーだのヒーだの、と声を上げて、友人とニタニタを通り越し、驚喜していたのだった。音楽の広がりにビックリ仰天し、それからすぐに中坊が、金をかき集め、親にねだって、レコード屋に走り、「Kind of Blue」ではなく、マイルスがトランペットを左手に持って座っている姿が強烈に目に焼き付き、即刻、「Milestones」という30cmLPレコードを買った。これが我がジャズ歴史の歴史的第一歩であった。曲ならば、「Kind of Blue」の「So What」、アルバムは「Kind of Blue」全体、そしてすり切れるくらいに聴いた「Milestones」。愛でるように聴き続けた。毎日、毎日、飽きることなく聴き続けた。そしてマイルスの格好良さにシビレタ。男はこうでなくては、ぎらついてなくてはいけないと思った。目玉も大きく、強くて、シャープだった。

 以前も書いたことがあるが、ジャズという音楽があるのは知っていたし、「ナベサダとジャズ」というラジオ音楽番組を本当に悪い音であるにもかかわらず、かじり付くように聴いていたが、それまでジャズはなんとなく素敵な音楽であって、ビックリ仰天するような代物ではなかったし、その違いを明瞭に感じていたわけではない。同じようにしか聞こえなかった。同じ雰囲気のジャズが単にムード的に格好良く聞こえていただけだったのだ。だが、マイルスの音には叙情があり、鋭さがあり、ドラマがあった。ここにビックリした。叙情的でありつつ、冷徹なドラマ。もちろん何のドラマかは知るよしもない。これだ、この音のドラマ、意味不明のドラマがスゴイのだと思いこんだ。だから寝ても醒めてもマイルスになった。彼の音楽の変わり方も驚異的であった。ジャズの歴史はマイルスが作ったと言っても過言じゃない。なんでこんなに変えられるのだろう。たいていは同じような音楽を延々と続けるのに、マイルスはまるで違った。音楽を新しくしていく、音楽というジャンル自体にしか興味がない、そして音楽の歴史自体を作っていこうとしているような気概にオレ自身もやたらと共感し、歴史を変えるマイルスの新譜が出れば、必ず買った。そうだよ、アーティストはこうでなければいかんのだ!と強く感化された。マイルスの歴史とは・・・と、これは次回にしよう。とにかく凄いんだから、今すぐにでも聴いてみて欲しい。それも大きな音で聴くこと。マイルスもコルトレーンもキャノンボール・アダレイもビル・エバンスも、なんと言えばいいか、音楽の神が降ってきたかのように、誰も彼もが素晴らしいのである。

 ボクにはこういう衝撃的な出会いが何度かある。音楽で言うと、マイルスがその衝撃第一弾だった。それまでのロック少年は、瞬く間にジャズ派へ転向し、それでも少しはロックも聴き続けたが、ジャズの前ではなんとなくロックは子供じみていた。なんとなくロックを聴くという行為が恥ずかしくなった。ロック少年たちに、そんなモノ聴いているようじゃダメだよ、と偉ぶって、高校2年からはジャズ一辺倒になった。寝ても醒めてもジャズジャズジャズ。その状態が10年は続いたのである。その頃のボクの希望は、建築家をやりながら、一方ではジャズ評論家をやるのだ、という目的を持ち、それに向かっての将来設計があった。ジャズ評論家というのは、やっぱり植草甚一さんがいたからである。ジャズ評論というよりもジャズを元にした彼なりの趣味を語っているに過ぎないのだが、それで充分で、それはジャズ批評というより、植草甚一という人物の生き様、身体論であったように思う。

 話はとりとめなくなっていくが、マイルスを中心として語ろうとすると、本来はどんどんと話は膨らんでしまう。マイルスが死んだときは、よし、オレが意思を引き継いでやろうと思ったほどだ。

 続きは次回以降に。ではでは。

 ジャカルタより。

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小池博史撮り下ろしフォト作品より。
空間に対する独自の視点と鋭い反射神経で、瞬間を捉える才能を発揮。優れたスナップシューターと評価されている。

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 インドネシアシリーズ
〜 石像
編 〜
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小池博史・インドネシア共同制作プロジェクト
新作公演『Garibaba's Strange World』

 インドネシアのアーティスト達との共同制作プロジェクト『ガリババの不思議な世界』のプレミア公演が先日行われました。そして、もう一回、ジャカルタでの公演が間近です。新たなのスウィフト像を提示したストレンジワールド、写真にてお楽しみください。

『ガリババの不思議な世界』
日にち:6月12日(金) 
会場:TIMホール(ジャカルタ)











photo:Hiroshi KOIKE


市民とつくる演劇!@せんがわ劇場
演劇舞踊ワークショップ 発表会公演
『スウォードフィッシュトロンボーン
〜真夏の夜の神様たち』

 調布市において、2週間の市民向けワークショップを行います。
 そして、最終日には、ワークショップでつくりあげた小池作品を発表します。20代から60代の公募にて集まった30名の出演者が、個性を輝かせます!2週間の成果をぜひみにいらして下さい

日時:2009年7月5日(日)16時〜/18時30分〜(開場各10分前)
会場:調布市せんがわ劇場
〒182-0002 調布市仙川町1-21-5

京王線仙川駅より徒歩4分(新宿駅より快速で20分、各駅停車で25分)
料金:無料(電話またはホームページにて要予約→6月20日〜)

作・演出:小池博史

予約・お問合せ:調布市せんがわ劇場
TEL:03-3300-0611
ホームページ:http://www.sengawa-gekijo.jp
主催:調布市

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パパ・タラフマラ 公式サイト

小池博史 公式サイト
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発行・H island編集 大久保有花