今月の表紙 アニマルシリーズ『インドネシアの犬』 Photo:Hiroshi KOIKE
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『音楽の情景または
レコード棚の記憶から』

マイルス・デイビス(2)



『インドネシアシリーズ』
〜 合掌編 〜

小池博史ミュージックコレクションの中から選択した曲もしくはアーティストについてのエッセイ。 単なる音楽批評ではなく、情景をも喚起させる、演出家ならではの考察。

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『音楽の情景またはレコード棚の記憶から』 vol.26

 マイルス・デイビス(2)「On the Corner」

  前回はマイルスにどっぷりと浸るようになった入り口だけを書いた。あの時代、ボクが高校生の頃だから、もう37年も前になる。1970年代の頭だった。

 その頃のジャズ界はいろいろな激流が流れ込み、混沌とし、50年代のモダンジャズから60年代のフリージャズを経て、新しい時代をなんとか作り出そうとしているジャズミュージシャンたちの熱気が伝わってくるような時代だった。ジャズ界の1970年代は、凄かった。見ようによっては、フリージャズの60年代を経た後、どこかしらやることがなくなった時代のように映らないでもないが、いやいや、その奥底のエネルギーは強く渦巻き、マイルスもまた、オレは最高のロックができるとか言っていたように記憶している。

 最高のロックかどうかはともかく、ボクが高校2年の時に出た「On the Corner」は未だによく聴くアルバムである。CDもレコードも持っている。このアルバムなどジャズ雑誌のスウィングジャーナルでは、まっぷたつに意見が分かれ、どちらかと言えば悪い意見を言っていた批評家が多かったと思う。なにをおっしゃる兎さん、こいつがわかんねえようじゃ、あんた、ジャズ評論なんてさ、さっさと止めた方がいいよ、とオレはうそぶいていた。それは若気の至りではなく、今でもまったくの同意見だ。簡単に言えば、今までのジャズの文脈にない音楽、それをジャズと呼んでいいのか?等、アホウな意見で妙な具合にジャズを神聖視するハードバップ、スウィングバカの批評家もたくさんいたのだ。マイルスも終わりだとか、異様な毛嫌いを見せた批評家も多かった。ところがその数年前に出ていた「ビッチェズブリュー」は最高の評価をされていたのだから、よく分からない。分かるのは、「On the Corner」ではより単調なリズムになり、呪術的になり、ジャズ的なリズムは完全に消えて、別世界へ完全に旅立ったような印象があるかもしれぬ、というだけのことだ。しかし、間違いなく、そのアルバムはマイルスの生み出したものである。マイルスのトランペットの音は変わらず、マイルスの時間認識力から生まれる構成の仕方は、マイルス以外の何ものでもないどころか、完全なマイルスである。

 しかし、ボクはマイルスをガンガン聴き込んではいたが、とにもかくにも「Milestones」や「Kind of Blue」から入り、まだマイルス以外の、いわゆるフリージャズ、ニュージャズの領域にはまだ入り込んではいなかった。つまり50年代マイルスを、「On the Corner」を一聴する前までは、無我夢中になって聴いていたのだった。そんな状態にあって、マイルスの新譜としてはじめて向き合い、「ウオー」とばかりに喜び勇んで購入したのが「On the Corner」だったから、それこそ天変地異。なんじゃこりゃあ・・・と大声で叫び、あまりの違いに脳みそがグルグル回り、驚き、慌て、ハートバクバク、まるっきりモードジャズでもハードバップでもないマイルスが立ち現れ、8ビートなんてとんでもない、わけのわからん単調さに逆にやられてしまったのだった。少しでもきちんと聴けば、マイルスのトランペットの音はほとんど変わっていないことが分かるのだけれど、慌てた少年に人間はまるっきり違うことができるのだ、と思い込ませるに充分で、少年は落とし穴に落とされてしまってはい上がれない。突然変異というのはあり得るのだ、と思いこんだ。マイルスは何か、マイルスというのは怪物だとオレの中ではなってしまった。それからは怪物探求としてマイルスを知りたくて、彼のアルバムを聴きだした。それがボクのマイルスの二番目の入り口であった。

 思えば、「Kind of Blue」と「On the Corner」の間には12年?くらいの時間差があるのだから、別に驚くには値しない。しかし、その時間を念頭においても、同じ人間がここまでできるというのは、やっぱりスゴイと感じた。なんらかのフォーマットに則っているわけでもなんでもないのだ。人間は通常、微々たる変化を大きな変化と勘違いしながら生き、自分を過大評価しつつ生きていく。しかし、「Kind of Blue」と「On the Corner」の間の強烈な開き具合に、実はボクはすっごく勇気づけられたのだった。その潔さ、格好良さに、である。

 つい、二週間くらい前にマイケル・ジャクソンが亡くなり、今、話題はマイケル・ジャクソンの葬儀やら遺産やら親権問題やら、まあ騒がしい。テレビを付ければマイケル賛美ばっかりが流れている。マイケルのダンスは圧巻ですね、やっぱり天才ですね、とか言っている。しょうもないコメンテーターばっかりの脳天気テレビなんか消せばいいのだけれど、ついついニュースが見たくて付けてしまい、不愉快な気分になる。テレビというのは本当にアホウ製造器だ。誰も責任を取らない、ちょこっとかわいいか、ハチャメチャにはしゃげるか、少しまともそうな顔をしているか、そんな風な輩がコメントしまくっている。ああ、違った、テレビの話をしたいのではない、マイケルだ。

 さて、マイルス・デイビスは驚くべきことにマイケル・ジャクソンの曲を演奏していたりするのだ。それは80年代に再復活してのち、ポップマイルスを目指した時期のことであるが、この時期のマイケルはマイケルとしてのピークの時期でもあった。事実、以降のマイケルの歌もダンスも、この時期に開拓したある領域から一歩も出ていない。スリラー以降、ダンスと歌を一緒に行なったエンターテイナーとしての使命は確かにあった。でも、その一点しかないのである。大きな一点であるが、それ以降はただの堕落だった。その一点を評価するなら評価すればいい。けれど、音楽のつまらなさには少なくともボクは辟易させられた。要は単調なんである。踊りだって、スピード感はあるが、変化なしのまんま年を取っていったのである。

 そんなマイケルと比べる必要は確かにどこにもない。比べるならば、せめてプリンスあたりでないとマイルスも納得しないだろう。しかし、プリンスがいかに優れていても、やっぱりマイルスには追いつかない。プリンスの変化にはボクは驚かない。なるほど、というラインを辿っているだけのように思う。しかし、それだって本当は非常に難しく大変なことは重々承知であるし、ボクはプリンス好きである。

 さて、脱線したが、50年代の終わりのひとつの絶頂期にあったマイルス・デイビスは、こうして70年代の初頭には完全脱皮したような姿で少年ヒロシの前に立ち現れたのだった。それからボクの中で、マイルスは大きなアイドルとなった。目指せ、マイルス!同時に、マイルスの真似など誰がするか!という指標である。当たり前だ。目指したのは、その指向性だけであるのだから。
 さて、次回はそのマイルスを探求するべく、時間を遡っていくところを語りだそう。

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小池博史撮り下ろしフォト作品より。
空間に対する独自の視点と鋭い反射神経で、瞬間を捉える才能を発揮。優れたスナップシューターと評価されている。

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 インドネシアシリーズ
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編 〜
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市民とつくる演劇!@せんがわ劇場
演劇舞踊ワークショップ 発表会公演
『スウォードフィッシュトロンボーン
〜真夏の夜の神様たち』

 調布市せんがわ劇場において、市民向けワークショップを行い、 最終日には、ワークショップでつくりあげた作品を発表しました。
 たった2週間でつくったとは思えないほど、レベルの高い作品となり、参加者全員の活き活きとした姿に、観客は魅了され、大成功をおさめました。

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パパ・タラフマラ舞台芸術研究所(P.A.I.)
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【スケジュール】4泊5日
2009年7月29日(水)〜8月2日(日)

【場所】長野県伊那市高遠町
新宿駅南口から高速バス南アルプス号高遠・伊那里行き、高遠駅下車

【集合】宿泊地最寄りのバス停 [高遠駅] 集合
【参加費】50,000円
(宿泊代・食事代・ワークショップ受講料含む)
※現地集合・解散のため、交通費は含みません

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【お問い合わせ】
パパ・タラフマラ舞台芸術研究所(P.A.I.)事務局
Tel 03-3385-2066
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発行・H island編集 大久保有花