今月の表紙 アニマルシリーズ『タイの犬』 Photo:Hiroshi KOIKE
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『音楽の情景または
レコード棚の記憶から』

マイルス・デイビス(4)



『タイシリーズ』
〜 船編 〜

小池博史ミュージックコレクションの中から選択した曲もしくはアーティストについてのエッセイ。 単なる音楽批評ではなく、情景をも喚起させる、演出家ならではの考察。

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『音楽の情景またはレコード棚の記憶から』 vol.28

 マイルス・デイビス(4)「やっぱりマイルスは・・・」

 さて、ずっとマイルス賛歌を書いてきた。マイルスはスゲエ、スゲエと言い続けてきた。それは間違いなくそうなのだ。凄いことは凄い。これほど変化し、これほどの成果を上げ、これほどの高みを見た音楽家はほとんどいないだろう。

 とは言え、マイルスの晩年をどう考えるか、ということは避けては通れない。20歳頃から延々と成果を挙げ続けたマイルスだったが、1975年からは健康状態の悪化により一時休止、と思ったら1981年までの沈黙が続き、そして、ついに再活動を始めたのだった。発表したアルバムは「The man with the horn」。期待し続け、胸躍らせていたから、ビックリどころか天地がひっくり返ったような気分で、口アングリだった。これがあのマイルスか?と、自分の耳を疑い、彼の神経を疑ったのだった。その休息前に発表していた1975年のアルバムは凄まじいとしか言いようがなかった。日本公演のライブ、「アガルタ」「パンゲア」と古代大陸名をその名に冠した、両方とも二枚組LPレコードで、鬼気迫る音の洪水状態がグアングアンと渦巻いているような音となり大波が覆い被さってくるかのような状態が僕を飲み込んでいった。これらのアルバムはマイルスのライブ録音の中でも屈指の出来と言っていい。だからどれほど、日本公演に行かなかったことを悔やんだことか。生で見たら凄かっただろう。こんな演奏を日本でやっていたのに、そして自分自身も日本にいたのに、行かなかった、行けなかったというのは一生の不覚とさえ感じていたのだ。両方でなくてもせめて「アガルタ」、これだけでもその時のマイルスの集中力、凝縮力、破壊力、構成力の素晴らしさを強烈に実感できる。

 それに比べ、新しいマイルスのなんとも気の抜けた、マイルスにあってマイルスでないという新しいアルバム。悲しさを超えて呆然とした。トランペットの音は聞き違えようがないマイルス・デイビスという巨人の音であった。しかし、あの、常にギリギリの崖っぷちに立ち、常に僕を挑発し続け、蹴飛ばし、投げ捨て、一方では強く包み込んで、生きることの意味までを問うていたように感じさせたマイルスの音は、なんともグンニャリとしてしまっていたのである。耳に心地よいマイルス。その心地よさとは、「My funny Valentine」のようにどんなバラードであっても、単なる心地よさを超えて、究極的な音を探していることが感じられる音楽とは違って、弱い甘さが漂い、ゆえに気分を萎えさせた。もちろんマイルスのトランペットは相変わらず光ってはいた。しかし、音楽の構造全体がなんとも弱々しく感じてしまい、ああ、マイルスよ、おまえもか、と嘆かざるを得なくなっていたのだった。

 僕は盲信に近く、マイルスは先端を突っ走り続けるのだと思いこんできた。しかし、年齢と共にその音は弱さを獲得し、耳に心地よさをもたらして、なんともダラシナイ姿にさえ映って、やはり人は年を取るのだ、年は決して人にアグレッシブさを継続させ得ないのかもなあ、との迷いを生じさせてきた。とは言え、その頃、深沢七郎はまだ生前で、彼の死の間際までの、なんとも激しい情念を持った小説群に僕はいかれていたので、マイルスはまた走り出しそうな気配があると期待はしていた。少なくとも「AURA」というアルバムだけはトータルアルバムとしてすぐに耳に馴染んだけれど、他は不思議な弱さがずっと漂って、「いつか王子さまが」(ジャズのスタンダードナンバー)ではなく、いつかマイルスが・・と淡い期待に身を焦がす片思いの男のようであった。そして10年以上もマイルスはその状態のまま発表し続け、その度に、期待は失望に変った。マイルスの体調の悪さが伝えられたが、ファッションは最先端のアーティストであることを感じさせ続けたので、それでも尚、期待をし、待ち続けた。それがプッツリと途切れたのは1991年の夏の終わりのこと。マイルスの他界。僕にとっては本当にショックな出来事で、マイルスこそが目標でマイルス的に生きることを自分の価値とまで思っていたのである。その男が、あれから結局、結果を出さないまま、いつの間にか弱り果てて死んだのだ。実際にはどうか分からぬが、その頃の僕はそう感じていた。

 ちょうどその頃、岡本太郎もテレビに出ては、笑いものにされていた。「芸術は爆発だ」という、あまりに当然の発言がオモシロおかしく放送されて、いつの間にか、茶目っ気たっぷりの奇怪なおじいちゃん扱いをされていたのである。これもまた往年の岡本太郎の文章やアートを知っている身としてはなんとも歯がゆく、しかし、当人はそれなりに楽しんでいたようで、なにも「芸術なんてしゃちこばったモノじゃない」というのと同時に「芸術は真剣に現代的でなければならない」という意味と同一化させようとしているのだろうと思いつつ、目玉ギョロギョロの岡本太郎をテレビで凝視していたのである。マイルスも岡本太郎もそのギョロギョロとした目玉の迫力は凄かった。マイルスの目など、強烈に吸い込まれそうな目をしている。しかし、この目玉の迫力はまるっきり衰えなかったから、やっぱり再生するのだろうと信じてはいたのだった。

 ところが今、しばらくぶりに、それら1980年以降の音楽を聴き直してみると、実はありそうでないアルバムに仕上がっていることに気付き、とても面白く感じだしたのだった。1991年に生前、最後のアルバム、「ドゥバップ」が出たが、これまたヒップホップを取り入れたグンニャリした音に聞こえなくもない。しかし、マイルスのトランペットは弱々しくも異様な輝きを誇っている。そう、それはトランペットというマイルスの武器を用いて、新しい音楽を探っていく過程だったと言えなくもないのではないか、と言う思いが一方では沸々と沸いてくる。思えば、こんなアルバムを作った男は、彼を除いては誰もいないという歴然たる事実がある。フュージョン音楽なんて、凡百の音楽家がやったら、たいていは同じに聞こえてしまう。しかし、マイルスは完璧にマイルスなのだ。だから、最先端の音楽を自分の武器にして次の世代を探っていたと言っても良いとやっぱり思えるのである。「ドゥバップ」は良いか悪いか、判断はしかねると思ってきた。しかし、間違いなく面白いと思った。オレが面白いと感じているのだから、やっぱりいい音楽なのだ、と断定したい。音楽とはそんなものである。誰がなんといおうがオレが良いと思えば良いのである。そんな声がマイルスの最後の10年間のアルバム群からも、そこかしこから聞こえてきそうである。
 マイルスはやっぱり素敵なんだ。

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小池博史撮り下ろしフォト作品より。
空間に対する独自の視点と鋭い反射神経で、瞬間を捉える才能を発揮。優れたスナップシューターと評価されている。

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 タイシリーズ
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小池博史 総合表現ワークショップ
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日本はもとより、ヨーロッパ、アメリカ、アジア、中南米等10カ国以上で展開してきた表現の基礎的能力を養う小池博史ワークショップ。「空間と遊ぶ」「リアリティのある身体を獲得する」「心を解放する」ことをキーワードに、自分の身体と向き合いながら空間と関わっていきます。ダンス・演技経験者はもちろん、ワークショップ初参加の方も、お気軽にご参加ください。

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10:00〜13:00(両日とも)
■受講料:2日間通し 7,000円 
■対象:高校生以上(2日とも参加可能な方、先着順)
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■■応募方法■■

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パパ・タラフマラ「三人姉妹」
香港・タイツアー 終了

 世界中ひっぱりだこの「三人姉妹」は、8月、香港とタイで公演を行いました。その中でもバンコク公演は、”嵐を呼ぶステージ”となり、大変な様子だったとの事。詳しくは小池ブログへ。





2009.8.31 ラッチャブリ公演(タイ) photo:Hiroshi KOIKE

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発行・H island編集 大久保有花