今月の表紙 アニマルシリーズ『バリの犬』 Photo:Hiroshi KOIKE
*このメールはインターネットに接続した状態でお読み下さい。



『音楽の情景または
レコード棚の記憶から』

アラブポップの日々



『バリシリーズ』
〜 祭り編2 〜

小池博史ミュージックコレクションの中から選択した曲もしくはアーティストについてのエッセイ。 単なる音楽批評ではなく、情景をも喚起させる、演出家ならではの考察。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
『音楽の情景またはレコード棚の記憶から』 vol.36

アラブポップの日々

 4月から5月にかけて、公演とミーティングのため、トルコ、ポーランドに行ってきた。ポーランドは、スタニェフスキーという演出家と話をする目的で行ったのだが、彼の劇団、ガルジェニツァで数作品のリハーサルを見せてもらい、知っているとは言え、改めて声の表現、歌の表現の強さを感じた。言葉の意味を声、歌は軽々と超えていくのである。彼とは今後、エクスチェンジプログラムをやろうという話になっていて、なにがどうなるかは未定ではあるが楽しみだ。

 トルコには4年前に一度、来ている。そのときは「僕の青空」という作品の台本を書くために、青空を求めてやってきたのだった。あっちにふらふら、こっちにふらふらしていたが、今回は公演が目的で、物見遊山や青空に浸るわけにはいかなかい旅。おまけにこの期間に今年9月に行う「スウィフトスウィーツ」の台本を書き上げてしまわなくてはならないという使命を持って臨んだ旅であった。
 ただ、場所を移動するのは、単なる空間移動にとどまらず、意識の移動でもある。だから、僕は台本書きを行う場合、海外に出てしまうことが多い。その方が自由になれる。日本、東京という括り、パパ・タラフマラという括り、日本語という括り、人間関係の括り、すべてから逃れられ、僕はただの異邦人になることができる。公演ツアーの途中、パパ・タラフマラの面々から離れるや否や、一気に気分は解放され、モードは台本と意識の旅となる。身体が突然、感覚体に変わっていく。所詮、英語は借り物の言語でしかない。僕の身体は隅々まで日本語でできている。日本語で考え、日本語で感じている。
 音楽。
 音楽というのは、実におもしろい。日本語の括りを一気に消し去ることを可能とする。僕の場合は、日本語の歌であっても、最初から熱心には歌詞を聴いていない。歌詞はメロディやリズムの次に入ってくるので、重要であってさほど重要ではない。歌詞の意味を歌唱の力で表現できなければ、歌手である必要がない、と思う。一流の歌い手は、その歌詞の意味を歌詞以上の表現として、歌全体に込めることを可能とする。だから歌詞は重要だが、歌詞はメディアとして重要であり、それ以上に歌全体の表現の方が重要である。

 さて、今回はトルコまでは、エティハド航空というアラブ首長国連邦の国営会社のフライトを使った。よって、行き、帰り共に、機内では酩酊状態。なにも酒に酔っての酩酊状態ではなく、アラブ音楽のゆらゆら感覚で、ふらふら、ウッシッシ、ウッヒッヒ、まったく酒に酔ったような感覚となって、睡眠を取ることもさほどなく、妙な興奮状態で機内はパラダイスとなっていた。そして、もちろんトルコでは、どこへ行ってもベリーダンスが思い浮かんでくるようなトルコポップ音楽の日々だった。しかし、誤解があるとまずいので、一言添えておくが、ベリーダンスはトルコの踊りというよりも、トルコに入ってきたジプシー、ロマたちの踊りである。自由があるとは言え、所詮、トルコはイスラムの国である。イスラム国家で腹出しダンスが良いわけがない。間違えてもトルコの代表的ダンスがベリーダンスと思ってはいけない。

 とは言え、トルコ最後の夜、僕らが公演終了した日の夜など、フェスティバルのディレクターが黒海に面したある家でエキセントリックで素敵なパーティーを開いてくれたが、誰も彼も踊りは色っぽく、強烈にエロティックだった。ここで、トルコ音楽三昧、トルコ民族舞踊三昧、そして、ビール、ワイン、地酒をたっぷりといただいて、楽しく、酔っぱらいまくりながら、トルコ人、スイス人、イタリア人、ドイツ人、アメリカ人、日本人が大きな月の下、巨大な飛行機が真上を飛んでいく中で、輪になってエロティックに踊っていたのだった。
 特に地元のオッサンたちの踊りは最高だった。ヌメヌメヌメヌメ動くのだけど、これが何とも気持ち悪くエロス満載で、ニタニタし、しかし、踊りとは、本来こういうものだよなあ、というような解放感に溢れて、深夜に妖しく、あかるい花が咲き続けたような感覚だった。音楽は、そういう姿を月夜に映し出すのに最高の道具で、震えるくらい素敵な時間を作りだしていたのであった。

 アラブ音楽というと、レバノンの歌姫であるフェイルーズがすぐに思い浮かぶ。けれど、それ以外ではライミュージックしかなかったのが僕のアラブ音楽遍歴っであった。もちろん伝統音楽は聴いていたが、ポップミュージックはよく知らなかった。
 フェイルーズは素晴らしい。だが、エティハドの機内では、彼女は完全に古典扱いで、新しい音楽が相当数、載っていた。アラビックポップミュージックと言っても、ほとんどの人は聴いたことがないだろう。しかし、アラブポップくらい浮き浮きさせる音楽もあまりないと思う。アラブポップは魅惑的である。エロティックな誘惑さえ覚えるような魅力を持っている。その魅力をかいつまんでみると以下の通りになる。

1、声もたっぷりとして厚みを感じさせること
2、エロティックイメージ満載であること
3、コブシが回っていること
4、終わりのないドラマを感じさせること
5、リズミカルであること

 まあ、こんな感じだろうか?結局、同じようなことを書いているような気もするが、こんなところだろう。アラビックポップは、簡単に言えば、イスラムの伝統音楽であるコーラン音楽の調べを強く煮だしたような感じと言っておけば間違いはない。二匹の蛇がグネグネと絡み合うのを見下ろしているような淫美な雰囲気が漂っている。だから魅惑的でないはずがない。
 そんな音楽ばかりを延々と20時間も聴き続けたのだった。途中、寝たりもしているから、本当はもっと短いけれど、時間の感覚がなくなって、ボウとした感覚が続くのであるから、ほとんど時間は意味をなしていない。そんな感じで延々と聴いた。そして帰国した。身体はエギゾチックな旋律と強いリズムの風呂に延々と入り続けたような感じでのぼせていたから、日本の醤油くささというか、さっぱりした感じは希薄も希薄、一枚熱さの壁を壊してしまったような気分にもなった。

 さて、一枚のCDをイスタンブールで購入したので、その印象を書いておきたい。もちろんトルコ音楽である。トルコポップミュージックだ。
 あてずっぽうに購入したCD「Kirik kalpler duraginda」、歌手の名前はCandan Ercetinという女性歌手だが、有名なのか無名なのか、まったく知らないまま、購入。けれど、佇まいはただ事ではないから、間違いなく相当知られた歌手だろうと思って買ったのだ。顔というのは人を表す。顔は人そのものだ。風格から感じられるのは、相当のキャリアを積んだ、大御所に違いないと勝手に想像したのだ。厳しい顔で、ギリリと締まっている女性歌手。ふくよかではなく、尖った顔。
 思えば、最近のマドンナの顔が変わって、海あり谷あり、いろいろな修羅場をくぐり抜けた女のしたたかさを感じさせる顔になった。かわいらしさや悪女らしさや小憎らしさ、ずるさ、いろいろな要素を持った顔が今や、女の顔として作り上げられたかのような印象すら受ける。この女性歌手もそんな感じの顔である。

 さて、これはまさしく歌謡曲であった。トルコの、ヌメヌメとした感覚の強烈なコブシの回る歌謡曲であった。そして声の風格もまた、大御所であるだろうことをはっきりさせて、何とも言えぬ重厚感を漂わせている。強い生命力を感じさせて、愉快である。肉体の震えがそのまま歌になって、歌は天に突き抜けるかのようである。
 トルコはアラブポップとは一線を画するようだが、僕にはよく分からない。トルコ語の響きの違いなのかも、とは思う。ただ定かではまったくない。

 トルコのポップミュージック、そしてアラブの壮大な音楽を是非とも味わってみてほしい。

 →TOPへ

小池博史撮り下ろしフォト作品より。
空間に対する独自の視点と鋭い反射神経で、瞬間を捉える才能を発揮。優れたスナップシューターと評価されている。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 







 →TOPへ

 バリシリーズ
〜 祭り編2 〜
写真をクリックすると、大きなサイズで見られます。

最新情報のお知らせや、多様な仕事のあれこれを紹介。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

2010年度公演情報!

 今年度も様々な地域で、公演を行います。それぞれの公演詳細はあらためてお伝えいたします。

◆日韓共同制作作品「Swift Sweets」ツアー

9月24-27日
調布市せんがわ劇場(東京)
10月2-3日
ソウル公演(韓国)

◆パパ・タラフマラの「白雪姫」国内ツアー
-待望の童話シリーズ第三弾-
11月27日
流山市文化会館 (千葉)
12月4日
北上市さくらホール(岩城)
12月12日
魚沼市小出郷文化会館(新潟)
12月18日
福島公演
1月8-9日
イムズホール(福岡)
1月15日
宮崎県立芸術劇場(宮崎)
1月20-24日
豊島区立舞台芸術交流センターあうるすぽっと(東京)
1月28日
武豊町民会館ゆめたろうプラザ(愛知)

◆パパ・タラフマラの「三人姉妹」公演
1月30日
兵庫県立芸術文化センター
2月
長崎公演

→TOPへ


雑誌「風の旅人」Webサイトで
紹介されました!

 雑誌「風の旅人」は、人や地球を見つめる日本発の本格的グラフ文化誌ということで、一般雑誌とはひと味違う読みごたえのある雑誌です。
 その「風の旅人」Webサイト内に「編集便り」という編集長によるブログがあり、そこでパパ・タラフマラ・小池博史が取り上げられています。 表現や社会に対して的確に本質をとらえた文章なので、深く考えさせられます。ぜひ一読を!

→TOPへ


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

パパ・タラフマラ 公式サイト

小池博史 公式サイト
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
Copyright(C) 2010Hiroshi KOIKE,All Rights Reserved.
毎月10日発行
 ご意見、ご感想、ご質問をお寄せ下さい。 →ookubo@fule-yurara.com
お友達にすすめてみよう!  登録・解除 →こちら 
発行・H island編集 大久保有花