今月の表紙 アニマルシリーズ『アイルランドの白鳥』 Photo:Hiroshi KOIKE
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『音楽の情景または
レコード棚の記憶から』

U2と風土



『アイルランドシリーズ』
〜 自然編 〜

小池博史ミュージックコレクションの中から選択した曲もしくはアーティストについてのエッセイ。 単なる音楽批評ではなく、情景をも喚起させる、演出家ならではの考察。

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『音楽の情景またはレコード棚の記憶から』 vol.41

U2と風土

  アイルランド。僕にとって、強くイメージとして郷愁をそそる土地として存在していた。
 そのアイルランドの首都、ダブリンを初めて訪ねたのは4年前のことになる。もちろんアイルランドは郷愁をそそるだけの場所ではない。長年イギリス支配を受け、1980年代まではヨーロッパ最貧国のひとつと言われていたし、北アイルランドを巡ってテロ組織、IRAなどが活発に活動して、血で血を争う闘争が繰り返されてきたという程度の知識はあったから、華やかさ、煌びやかな雰囲気を持った国だとはまったく思っていなかった。重苦しさは付きまとっていた。けれど、その一方で、僕にとってアイルランドは、ジェームズ・ジョイスやサミュエル・ベケットを生んだ国として、強烈に印象付いていた。それだけで、重い印象は残しつつも、アイルランドの印象はほのかに華やぎ、加えてトリニティカレッジ図書館の目も眩むような膨大な書籍群に彩られた、迷宮の図書館といった趣は、僕に強い知的イメージを植え付けてきたのだった。

 だが、実際に足を踏み入れてみると、トリニティカレッジの図書館にはクラクラし、深い感動を覚えながらも、つくづく、ああ、田舎だ、と思う。ダブリンはその第一の大都会であるが、やっぱり田舎の臭いが強く漂っている。どう見ても、田舎の都会である。ロンドンから入ると格別だ。そこにいるアイルランド人たちはもっさりとして、その顔は、まったく洗練からは遠く、野性の臭いが残り、少しヤバイ感触もあって、怖そうだ。そして、ギネスビールに代表される黒とゴールドの看板が並んでいたりするから、街全体もまた黒い印象に覆われている。

 アイルランドをダブリンから西へ西へと行くと、ゴールウェイというケルト文化の中心地に出る。ゴールウェイの人々の英語はアイルランド語のアクセントが強く、しばしば何を言っているか分からなくなってしまう。顔もまたさらに濃くなる。イギリスとすぐ隣同士であるにもかかわらず、ずいぶんアングロサクソンのイギリスとは違った顔になってくるのだ。ダブリンからここまで来ると、アイルランドにはケルト文化が残り、道々では妖精を至る所で見かけることができる、というような話も信じられる気分になってくる。確かに素朴な人々の顔からはさもありなんと思わせられるような、何とも言えぬのどかさと意味深さを感じる。田舎者たちは妙な洗練のされ方をしていないため、表面的な洗練よりも、無骨さ、野太さが目立って、凛と立っている、そんな印象を僕はアイルランドに持った。ジョナサン・スウィフトが生き、イェーツ、バーナードショー、ベケット、オスカーワイルド、そしてジョイス・・・などなどが生きたアイルランド、誰もが独特の強烈な匂いを持ち、幻想性を強く持ちつつ、野太い作風で一世を風靡した作家たちが生まれた国であるというだけでも、その強い匂いは想像できよう。

 そもそも「スウィフトシリーズ」の最終章は、この国のアーティストたちと行う予定だった。それがリーマンショック以降の経済低迷はアイルランドに大打撃を与えたため、韓国へと移った経過はあったが、未だにアイルランドの匂いをいつか舞台に持ち込みたいと僕は考えている。それは土着的ケルト文化が染みついている身体の持つ時間感覚、空間認識と語り合ってみたいと思うからだ。イギリスの支配下に長くいたにしては、あまりにイギリス的洗練からは遠く隔たって、アイルランド独自の強い文化が支配していることをうかがい知る事ができるからだ。「ガリバー&スウィフト」では一人の女性アイリッシュダンサーが参加したが、彼女の身体の強さは非常に印象的であった。

 さて、U2。
 U2はダブリン出身のバンドだ。U2の音楽はまったく上記、アイルランドそのものの印象がある。どちらかと言えば、同じくアイルランドを代表する音楽家、エンヤのようないかにものケルト色の強い音楽の方が一般的には異質な気がする。エンヤ的幻想性は随所にアイルランドそのものと思う一方、アイルランド人の粘っこさ、重さ、深さ・・・これらが強く表出し、どんなに激しい音を作り出していても、そこに土と風の匂いを感じさせる、現代の庶民の匂いを強く感じるのは僕だけではないだろう。悲しみと土と風の匂い、これがU2の特徴と言っても良い。

 僕がU2というバンドを聴きだしたのは遅かった。1988年頃だった。それまではジャズにどっぷり状態で、その脱出第一歩となった音楽にU2やトーキングヘッズなどが位置する。U2は、その土着的強さと哀愁に惹かれ、トーキングヘッズはまさに「喋る頭」で、その機転の利いた軽やかさ、巧さに舌を巻き、大好きになったが、デビッドバーンの弱々しい歌声には瞬く間に飽きが来てしまった。しかし、U2は未だに変わらず大好きなバンドであり続けている。最初にインパクトを与えられた、あのときのアルバムは「ヨシュアトゥリー」だった。

 この音楽には驚いた。泥臭さとピュアネスと格好良さと強さが入り交じり、さまざまな匂いを放って芳醇だった。それは人という存在の多面性を表しつつ、昇華していくかの如くであった。ブルース、ソウル、R&B、ゴスペルといったアメリカン・ルーツ・ミュージックを取り入れて、世界レベルの音楽グループになった、と謳っている解説が多いが、しかし、スパイスとしてはあったにせよ、僕には、アイルランドという風土を背景にして歌っているようにしか見えないし、聞こえなかった。アメリカ南部の、どこかしら広がりを持った開放感に対して、アイルランドは重しのようにのしかかってくる何かが存在する。それがケルトなのか、テロ組織なのかどうかは分からない。が、風土としての重しを感じさせてやまない。だから、どんなブルース、ソウル、R&B、ゴスペルとも異質であり、その異質性は根底にコンプレックスや閉塞感、そして爆発力を秘めている、そこにアイルランド人としての重しが否応なく存在しているように思えたのだ。

 人を育むのに風土は切っても切り離せない。今やU2は大金持ちバンドとなり、メンバーの一人一人は優雅な生活を送っているかもしれない。しかし、メインボーカルを取るボノの顔を見れば分かるが、田舎のオッサンの顔でしかない。マドンナが田舎のネエチャンの顔をずっと引きずってきたのと一緒である。最近、やっとマドンナの顔が変わったが、長年、田舎のネエチャンが必死になって駆け上ろうとあがいてきた、その獣のあがき顔の美しさこそがマドンナだった。矢沢永吉のように、いつまで経っても田舎のニイチャン顔が変化しない男がいるように、ボノもまた、田舎のオッサン顔から変わらない。幼少の頃、少年の頃の風土が彼の身体に染みついて、逃れがたく貼り付いているのだろう。もちろん当人たちも逃れたいと思っているわけではないと思う。

 だが、その風土を背負い込んで、自分たちの音楽を生み出したいと願い、そこに新しい要素としてのアメリカを入れていくことで、彼らは別次元へ向かった。ダイナミズムは、こういう化学変化によって起こる。当人たちが意識していようがいまいが、U2のオッサンたちのベースには、身体的、文化的特徴があり、それが世界へと大きく羽ばたかせたのであった。

 生まれ育った風土は、強く強く人の心と身体に染みこんで、結局はその地点とのやりとりになっていく。生きるというのは、風土といかに折り合いをつけていくか、ということでもある。
 僕も同じで、日立という街を一生掛けて相対化していく試みを行い続けるのだろうと思う。どこにいても、である。

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小池博史撮り下ろしフォト作品より。
空間に対する独自の視点と鋭い反射神経で、瞬間を捉える才能を発揮。優れたスナップシューターと評価されている。

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 アイルランドシリーズ
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スウィフトプロジェクト第3弾!
パパ・タラフマラ
SWIFT SWEETS
東京&韓国公演終了!

 東京公演は9月24日〜27日、韓国公演は10月7〜8日で終了いたしました。東京公演では連日満員御礼で、入りきれずお帰りいただいたお客様もでたほど。パワフルでエネルギッシュな作品でありながら繊細な表現に、「ラストシーンでは涙が溢れました」という感想もありました。
 また、雑誌「風の旅人」編集長による、観劇後の文章がブログに掲載されています。 言葉にしにくいパパ・タラフマラ観劇体験を、見事な文章でまとめていらっしゃいます。ぜひご一読を。
「風の旅人」編集長ブログ










Photo:Hiroshi KOIKE

 ちなみに、雑誌「風の旅人」最新号(41号)には、小池博史による文章も掲載されています。
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発行・H island編集 大久保有花