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小池博史ミュージックコレクションの中から選択した曲もしくはアーティストについてのエッセイ。
単なる音楽批評ではなく、情景をも喚起させる、演出家ならではの考察。
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『音楽の情景またはレコード棚の記憶から』
vol.43
トロトロの音楽
北アフリカは、今、僕が最も行きたい地域である。北アフリカだから、イスラム圏である。あの辺りだとすると、僕が行ったことのある最も近くの地域としては、対岸のマルセイユ、文化的にはトルコも入るだろうが、地理的、人種的には混沌としたマルセイユが近い。残念な事に未だにヨーロッパも相当回っているが、スペイン、ポルトガルには足を踏み入れたことがない。
マルセイユのあの独特の雰囲気は忘れられない。アヴィニヨンからさほど遠くないマルセイユだが、さすがに地中海に面した港町だけあって、海の向こうのアフリカ人たちがたくさんいたし、いろんな人種の子供たちはかっぱらいにすぐにでも変身しそうな雰囲気を漂わせ、ちょっとやばそうな目つきで日常を送っていそうだったから、僕は浮き浮きしてしまい、楽しくなって歩き回った場所だった。警官にここから先は行くな、危険だと言われたが、その警官の目つきも怪しく、するとますます写真を撮りたくなって奥へ奥へと入り込んでいった。道路に魚や野菜が散乱して、港の市場の活気は熱を帯び、怒声が飛び交い、まるでパリとは違う。フランスイメージが一変したのはこのマルセイユであった。
マルセイユではいろいろな音楽を聴くことができた。海の向こうのアルジェリアの音楽も聴くことができたし、路上からはいろいろな音、さまざまな雰囲気が漂っていたのだった。
思えば、この辺り(あまりにおおざっぱだが)を意識したのは、小学校で習ったエジプト文明が最初で、何のリアリティも持てなかったけれど、ピラミッドの四角錐はその幾何学的美しさに小学生の僕は惚れ惚れし、首から上が人、下がライオンというスフィンクスの奇っ怪で、意味不明の夢溢れる格好良さにぞっこんとなったものであった。
そのエジプトのピラミッド&スフィンクスから北アフリカは僕の意識下に入り、次にここが僕の頭に入り込んだのは映画、「カサブランカ」、モロッコだ。もちろんハンフリー・ボガードの「君の瞳に乾杯」というきざったらしい台詞にガッハッハと笑い、笑いつつも繰り返し、この映画を見(決して、イングリット・バーグマンではない。やっぱりハンフリー・ボガードが良かったんだ)、その町並みや混沌とした作り物の街の雰囲気をモロッコの本当のカサブランカと思いこんでは、男の格好良さを夢見たのが中高生の頃である。あの頃は深夜映画をよく見たものだった。時間があれば深夜映画。時間がなくても深夜映画。11PMなどが終わった0時を回った頃から世界の名画が次々と流れ、見続けたものだから、いつも眠かった。
その次は、アート・ブレイキー。アート・ブレイキーはバップの頃からモダンにかけて活躍した大ドラマーで、彼のアルバムの「チュニジアの夜」という廉価版レコードを購入したのは、大学生の時だ。アート・ブレイキーはこの廉価盤で知ったのだった。それまで最低でも1800円、普通には2500円〜3000円もしていたレコードが、1100円くらいの値段で買える!そういう画期的な盤が出だしたので、飯を抜き、生活費を削りに削ってまでレコードを買い漁ったのであった。買い漁っては、部屋をジャズ喫茶風に暗くして、ポッと明かりを付け、珈琲の匂いを常に漂わせつつ、LPレコードを聴きまくった。これが格好良かった。昼間は映画を見に名画座へ行って、三本立てを見、夜は部屋でジャズにどっぷり。こんな生活を何年も送り続けたのだった。廉価盤が出なくても、いつか、きっと随分あとになってから「チュニジアの夜」は買っただろうが、廉価盤は、所有欲を一気に爆発させてくれたのだった。そしてやっぱりチュニジアという異国情緒たっぷりの国名には惹かれた。チュニジア、モロッコ、アルジェリア・・・ああ、チュニジア・・・・こんな風に、呪文のように、まだ見知らぬ国、文化、その奥深さがあるかどうかも知らないし、調べもせずに、なぜか憧れた。
アート・ブレイキーはドラマーとしての名声は知っていたが、その顔つきのすさまじさに少々たじろぎ、なかなか聴く気がしなかった。ギョロ目のゴリラ。廉価盤で出たので、このゴリラはどんな太鼓を叩くのだろうと言う興味のままに勢いで買ったのが「チュニジアの夜」。するとこれが格好良い。ブレイキーは叩きながら唸るのである。唸りながら叩くのである。ゴリラが叩き唸る、そんな印象を抱いたが、しかし、音楽は素敵にモダンに跳ねていた。そしてそのアルバムで参加していたのが、ウェイン・ショーター、リー・モーガン・・・などなどそうそうたる面々で、この人たちにもいかれた。リー・モーガンもショーターも最高のソロを取っていた。面白いのは、音を知るやいなや、あっさりと宗旨変え。その顔がエラク素敵に見え出した。ゴリラおじさんはワイルドダンディズムを持っている、なんて。でも、もちろんこの音楽はジャズそのもの。決してチュニジア音楽でも何でもない。ファンキー・ハードバップだ。けれど、もうチュニジアのイメージは、そのアート・ブレイキーの「チュニジアの夜」となってしまい、長らくチュニジアというと、即刻、その楽曲が流れてきたものだった。
そのあと、フェズの街の紹介をテレビで見た。ああ、ここだ。この迷宮の街に行きたいと思った。モロッコのフェズ!トンネルのような通路という通路が網目状に全部繋がっている街。入り口があって出口が見つからない印象。思えば香港の九龍城もそのように言われたが、そのレベルではない大きさがある。(思えば、九龍城も行こう、行こうと思っているうちに取り壊されてしまった)だから、早速、フェズに行きたいと願った。でも未だに行けていない。いつの間にか僕の頭の中では、この地域は何となく、混沌とした迷宮を想起させる憧れの地に変わってしまっている。
そのうちにワールドミュージックブームが起き、するとアルジェリアのライミュージックに惚れ込んだ。特にシェブ・ハレド。昔、書いたことがあったと思うけれど、アルジェリアのポップミュージックの面白さに入り込んだのであった。
さてさて、こんな風にして、北アフリカへ行きたしと思えども、北アフリカは何故かあまりに遠し、状態となっていたのだった。未だに行くことかなわず。世界中、歩いてきたのに、この地域は嫌われたように行くことができない。フェズではないが、行った途端に魔術的匂いにやられるのではないか、というような、アラビアンナイトのようなイメージばかりが広がっていく。
さて、今日の本題は、ここからである。場所としては北は北でも北西アフリカ、だからエジプトは入らない。マグレブという地域。すなわち、チュニジア、モロッコ、アルジェリア、西サハラなどを指し、時にリビアやモーリタニアを含む地域だそうである。この地域の音楽を僕は、「マグレブ音楽紀行〜アラブアンダルースの音楽」で知った。もちろん断片的には知っていたし、ポップ音楽としてのライミュージックはよく知っていたのだったが、これほど素晴らしく纏められた盤はなかったのではないだろうか?研究者ではないので、詳しくは知らないが、それほどこの2枚組CDは魅惑的な音が詰まっている。
北西アフリカのこの地域は知っての通り、イスラム文化圏である。昔、つくばの芸術監督をやっている頃、西インドのラジャスターンの音楽グループをやろうとしてできなかったことがあったが、マグレブ音楽はこの音楽さえ彷彿とさせたりもする。
この地域は独特の音楽地帯で、非常にメロディが美しく、僕はアラブアンダルースの音楽にはトロトロにさせられ、うっとりと眠気を誘われて、あまり精力的に活動したくはなくなる気にさせられる地域音楽である。スペイン、アラブ、トルコ、ユダヤ・・・このような音楽が混沌として混じり合い、混血の魅惑的音楽となって醸成されて行った・・・とは解説書による。言われてみれば、その通りだなあとは思うけれど、僕は音楽学者ではないので、詳しくは知らない。けれど、アラブもスペインもトルコも、ユダヤも・・全部、そのどれをとっても非常に魅力的な音楽である。どの音楽も起点も終点もないような気にさせられる永続性を感じる。それら音楽が混じり合った音なんだから、魅惑的でないわけがない。
僕は、今、聴いていて、解説によるアラブ、スペイン、トルコ、ユダヤを取り上げているが、前述しているとおり、インドを感じるし、さらにパキスタン、ロマ音楽、全体にジプシー・・・全ヨーロッパに広がったジプシー音楽的要素を強く感じるのである。だから、この地域音楽は、イスラム文化を核としたアジア、ヨーロッパのジプシー的な混血を元にして成っていった音楽なのだろうと思う。
インドから西アフリカ、そしてヨーロッパ全土に広がったジプシーたち・・・彼らの音楽は曰く言い難い魅力を放っている。しかし、面白いように、中央アフリカの音楽を感じない。いわゆるアフリカ音楽のことである。イスラムの匂いは強烈だが、アフリカの強烈なリズムの音楽はあまりないのである。これが不思議である。アフリカという土地にあって、アフリカを感じない。やっぱり圧倒的にアラブなのである。なぜ、ここに大きな境界線があるのか、調べてみたいと思っている。
トロトロしたいと思ったら、この「マグレブ音楽紀行」をお勧めする。
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小池博史撮り下ろしフォト作品より。
空間に対する独自の視点と鋭い反射神経で、瞬間を捉える才能を発揮。優れたスナップシューターと評価されている。
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* マルセイユシリーズ
〜 男性編 〜
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発行・H island編集 大久保有花
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