今月の表紙 生き物シリーズ『日立のひとで』 Photo:Hiroshi KOIKE
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『音楽の情景または
レコード棚の記憶から』

ボブ・ディランは、僕の原点



『日立シリーズ』
〜 海編 〜

小池博史ミュージックコレクションの中から選択した曲もしくはアーティストについてのエッセイ。 単なる音楽批評ではなく、情景をも喚起させる、演出家ならではの考察。

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『音楽の情景またはレコード棚の記憶から』 vol.47

ボブ・ディランは、僕の原点

 小学校は日立市の地元、油縄子小学校に通い、中学は背伸びして水戸市にある茨城中学校に通った。バスに乗って常陸多賀駅に行き、水戸駅まで行って、再びバスに乗る。そんな生活を三年間続けた。三年間は瞬く間に過ぎたが、あまり楽しかった記憶はない。記憶がすっぽりと抜け落ちている。友達の名前は10人も出てこないのではないか。そのくらい印象付くことがなかったのだろう。バスに乗る、電車に乗る、再びバス。この繰り返しにうんざりし、ああ嫌だ、遠くて行きたくねえと、高校は再び地元の日立に戻ってきたのだった。この中学校からは多くが水戸一高か茨城高校に行ったが、僕は日立一高に出戻り、ずいぶんホッとして、あの通学時間から解放されたことを本当に喜んだのだった。同じく高校では茨城大学付属中学校から日立に戻った中西という変な男と仲良くなり、高校時代はずいぶん悪さもした。中西は今は医者をやっているらしいが、あいつのオカシサを知っているととても病院になど行きたくない。

 さて、その中学時代、そんな風だったから、苦しさを紛らわすためもあってか、音楽にどっぷりとはまり込んだ。その頃は手当たり次第に音楽をFMで聴いた。NHK FMはもちろん、かすかに雑音とともに流れるFM東京にかじり付いてはどんな音楽であっても聴きあさった。歌謡曲もクラシックもジャズもロックもフォークも、とりあえずは何でも聴いた。小泉文夫さんがやっていた「世界の民族音楽」という番組を聴いては、世界に思いを馳せ、いつかオレも世界に出るのだ、世界を股に駆けるのだと思い描いたりもした。学校に行っている時間を除くと一日中、音楽が流れていた。なんでも聴いては想像を巡らし、ああでもないこうでもないと思っていたが、やっぱり中学生として面白かったのは、ロックが一番だった。中学三年生から徐々にジャズが入り込んで来て、高校2年にもなるとジャズ一辺倒になっていくけれど、中学はロックだった。

 去年、音楽評論家、プロデューサー、イベンターの立川直樹さんと話をした時、彼の小学校、中学校の頃の音楽体験を聞いた。話はすさまじく、小学校の頃から両親&祖母からレコードを買ってこいと言われては渋谷の山野楽器に足を運び、かつ、自分のレコードでも好きなだけ買って良い、レコードだけはOKということになっていたらしく、レコード店では相当、有名な小学生だった。その頃から音楽評論家諸氏には紹介されもした、と聞いた。レコードを買うのは、小遣いのうちに入らなかったと言っていたが、僕はまったくそんなわけにはいかない。当然だ。ただの田舎の妄想だらけのオバカ少年だった。

 田舎者の中坊は一所懸命、小遣いを貯めてやっとLPレコードを一枚買うのだから、それは舐めるように聴いた。だから中学時代に買ったLPなど、つるつるになって、雑音だらけになってしまっている。レコードノイズを聴くと、あの時代の出来事を思い出すよりも、あの頃購入したレコードから受けた感銘を思い出すのである。マイルスデイビスの’マイルストーン’、サイモンとガーファンクルの’明日に架ける橋’、ピンクフロイドの’原子心母’、クリームの’ライブクリーム’、キングクリムゾンの’キングクリムゾンの宮殿’・・・・こういうものに混じって、買ったのがボブ・ディランのLP数枚であった。

 ボブ・ディラン。中学時代、もっとも好きだったのはディランだった。ディランは当時、フォークの部類に入れられていたけれど、僕自身、フォークソングは結局、好きになれなかったのだから、フォークというより、ディラン個人の曲と歌い方に惹かれたのだ。'風に吹かれて’はディランの多くの名曲群の中でももっともよく知られている曲だろう。この曲は最初に聴いた時から心に染みた。ディランのしゃがれた声が良かった。しゃがれ声が淡々と歌い出すさまが、少々荒んだ中学生の心に入り込み、ギターを手にして、’風に吹かれて’を歌ったものだった。ディランもブルース好きだが、そこには白人が一所懸命ブルースをやっている感はなく、それよりも、ディラン自身の心のブルースを歌っている感じがして、病みつきになった。ギターと共に歌う’風に吹かれて’は中学時代、もっとも歌った曲になった。

 ディランの歌は、弱そうで強く、その微妙なバランスの上に哀愁や叙情が乗っている。こう書くとジョンレノンと似ているように聞こえるだろう。だが、根本的に違うと感じてしまうのは体力だ。デリケートだが強い体力をディランからは感じていた。一方、健康的な匂いを僕はレノンの歌からは感じない。どこか病んだ弱さを感じるので、あまり多くを聴きたいとは思わないのである。ディランの歌は健康的かどうかはともかく、死を感じさせない清廉な感触がある。レノンやジョージハリスンはやはり声に弱さがあった。その弱さこそが人気の源でもあったのだろうが、ディランにはそれがない。だから、好きになったし、今でもなんら変わることなくディランを聴き続けている。そして、ディランの歌ほどホッとさせられる歌もあまり多くはない。歌詞の内容が決して明るいわけではない。破壊衝動も強く感じる。だが、それでも、彼の歌はギター一本だろうが、ザ・バンドがバックに付こうが、デリケートで強い。
 だから、僕にとってディランはしばしば、睡眠導入材にすらなる。寝るとき、たいていの音楽は邪魔になるのだが、ディランはもっとも安らかな音楽として僕には響いてくる。彼の歌声は僕にとってはα波となって気持ちをなだめてくれる。

 1980年頃までのディランのほとんどのアルバムは30センチLPレコードで所有していた。しかし、彼もまた以降、同じような歌の繰り返しになっていく。年齢にはあらがいがたい状態に陥っていく。しょうがないと言えばしょうがない。人が変化し続けるのは並大抵のことじゃないのだから。だが、それでもやっぱりときどき、ディランはスッと輝きを見せた。全般的にはダメになっているのに、あれ?と思うくらい良いアルバムを作ったりもするから面白い。

 昨日、たまたまテレビでユーミンが新曲を数曲、歌っていた。昔と曲調は何にも変わらない。松任谷由実は荒井由美であって、三十五年一日の如しである。ただ、歌声のキュートさは薄れ、きちんと年齢は加わり、身体は少々太めになっている。それを美しいとも、哀れとも感じることはできるだろう。変わらないことを、よしとすることも、マンネリズムに対して歯ぎしりする人たちもいるだろう。
 だが、ディラン。やはりしばしば輝く。しかし、どんよりとした時間が多くなった。ディランももう70歳。多くを望む年でもないが、中学の頃からの大ファンとして、そして、どれほど彼の歌声に気持ちを和ませてきたか分からない程の身としては、どうであってもいいから歌い続けて欲しいと願ってしまう。
 ディランを一枚挙げるとしたら、ウウム、挙げられない。が、「ブロンドオンブロンド」かな。でも1960年代、70年代のアルバムは名盤だらけである。

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小池博史撮り下ろしフォト作品より。
空間に対する独自の視点と鋭い反射神経で、瞬間を捉える才能を発揮。優れたスナップシューターと評価されている。

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東北関東大震災に思うこと

 先月、このメルマガを発行した翌日11日、三陸沖を震源とする東北地方太平洋沖地震が発生いたしました。亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆様、そのご家族の方々に対しまして、心よりお見舞い申し上げます。そして一日も早い復旧復興をお祈り申し上げます。
 この度の震災を受けまして、小池博史より声明文をブログに発表していますので、ぜひご一読ください。

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発行・H island編集 大久保有花